『アンパンマンは正義か悪か?』多様性時代に伝えたい倫理の話

多様性の時代において今、考えるべき倫理とは何かについてお話ししたいと思います。

倫理的に〜とは何なのか、新しい時代の解釈と考え方をわかりやすくアンパンマンを例え話にして説明していきたいと思います。

子育てのみならず、世間的な視点で人々を尊重し優しく考えられるようになるようなお話しです。

今回の結論

「アンパンマンも正義と悪と両方の一面がある、倫理とは一方的な善悪の判断でしかない」

「アンパンマンとは子供アニメではなく大人こそが参考にするべき、個人が大事にされる社会の形」

「他人を尊重することこそ、愛の形」

アンパンマンという神がかったアニメ

 

僕はアンパンマンの優しい世界観が好きで、自分の子供以上に喜びながら、子供と一緒に見ています。

アンパンマンの世界観はとても素敵で、みんな好きなことだけをして生きています。

好きなことをして、みんながご機嫌さんです。

それぞれが好きなこと得意なことを提供しているだけで社会が成り立っているのです。

とても素敵で、これからの時代が目指すべき本来の姿であると真剣に思っています。

 

ジャムおじさんは美味しいパンを作り、みんなに配ります。

ジャムおじさんに会いたくて他のキャラがジャムおじさんのパン工場を訪ね、何かを提供してくれます。

それぞれのキャラが好きなこと、得意なことを提供しているだけのように見えます。

鉄火のマキちゃんは誰にも負けない美味しいマグロの鉄火巻きを提供します。

うな丼マンは、自慢の山椒くんと一緒に最高のうな丼を提供します。

食パンマンやカレーパンマンは・・・同じですね。

食べ物が大好きなカバオ君でさえ、美味しく食べてくれるという提供をしてくれます。

食べ物を大量に作っても美味しく食べてくれる人がいなくてはいけませんからね。

キャラは食べ物関係だけではありません。

雨を降らせたり、演技をしたり、花を育てたりとそれぞれにキャラの個性があります。

それぞれの個・キャラが輝き、それぞれが自立し、互いに提供しているだけで成り立つ社会観なのです。

 

子供の見る夢物語とバカにするのはあまりにも勿体無いです。

夢物語と切り捨てるのではなく、子供達が楽しく幸せに生きるためにはそうした個人が大事にされる社会がなくてはいけません。

今の社会は個人より組織が優先され、組織の論理が個人を苦しめています。

アンパンマンは、みんなが機嫌良く、楽しく人生を過ごすヒントがいっぱい詰まっていて、今こそ大人が見るべき作品であると感じてなりません。

 

アンパンマンというヒーロー?お助け人?困っている人好きの人?

 

アニメ・それいけ!アンパンマンの主人公のアンパンマンは困った人がいないか、常にパトロールして、お腹が空いている人がいれば自分自身の頭のアンパンを提供します。

また、困っている人がいれば、人より何倍も強いパワーで人助けをします。

こうして見ると自己犠牲の塊のようなヒーローに見えますが、アンパンマンの一番最初に発売された最も古い絵本を見て僕が感じたことは違い、アンパンマンに対して別の捉え方をしています。

アンパンマンは自分が力が強く、人一番正義感が強く、困っている人を放っておけない心を持っています。

そのため、アンパンマンは自分がしたくてお助け人をやっているのです。

お助け人という役割を社会に提供しているようなイメージです。

 

倫理的には暴力で解決するアンパンマンは悪と捉えることもできる

 

アンパンマンはお助け人である、ということで子供達にはそうして説明が出来ます。

でも、一方、意地の悪い見方をすれば、バイキンマンが悪戯するだけでアンパンチを食らわせて、吹っ飛ばしてしまい、問題を強制的に解決する悪の存在という見方も出来ます。

現に作中ではバイキンマン側からすれば、「お邪魔虫!」と言われています。

バイキンマンからすれば、アンパンマンこそが自分のしたいことを邪魔する悪そのものなのです。

 

ここで深く考えて欲しいことがあります。

それは「倫理的に考えると〜」の真意についてです。

 

倫理的にはという考え方自体、片方側の意見や価値観からしか見ていないことなのです。

 

例えば、オオカミが今にも子鹿を襲って食べようとしているとします。

一見、子鹿がオオカミに食べられそうになっていて、子鹿が可哀想に見えます。

でも、オオカミには守るべき子供オオカミがいて、一刻も早く餌を子供オオカミに与えなければ、子供が餓死寸前という状況だったらどうでしょうか。

食べられる子鹿がかわいそう、オオカミも切羽詰まっていてかわいそうという両方から見方があるのです。

 

現代社会ではあたかもこれが正解です、と言わんばかりの一般常識や倫理観が語られており、それが絶対正義のように聞こえる話ばかりが飛び交っています。

ある国とある国で戦争をしていて、片方の国はこんな悪いことをしています、と主張しそれだけを理由に倫理的にかわいそうだから支援します、というロジックで社会問題やニュースが語られています。

僕が伝えたいのは、「倫理的に〜」とか「一般常識的に〜」などの言葉やニュアンスがあるニュースや問題がある場合、片側からの意見や正義が押し付けられていないかよく確認する必要があるということです。

そうした意識がなければ、ニュースを見て感情的に流され、メディア側が意図する方向に思考を誘導されてしまいます。

日本という国では昔からかなり多くのプロパガンダ(印象操作)がこうした手口で行われてきました。

 

他人を尊重することこそ愛情

 

ニュースやメディアの印象操作次第で、片方が正義となり、誘導したい方向に持っていくという手口を使って簡単に国民を誘導することが出来ます。

そうした誘導に心を動かされないようにするには、やはり、「一般常識的に、倫理的に」などの言葉に騙されないようにすることと、そもそも絶対的な正義や悪はなく、それぞれの側から見た偏った価値観からは何も判断が出来ないということを知ることです。

善悪の二元論は意味がないと言っても過言ではありません。

正しいや正義は人により違うわけですから。

そうしたことを今、お伝えしていることには理由があります。

それは、それぞれの「個人が見ている価値観や正義は違う」という当たり前の事実を理解出来れば、他人のやっていることや考え方を尊重できることです。

他人を尊重すれば、喧嘩や争いはなくなります。

お互いがお互いに余計な干渉しないわけですから。

 

最後にアンパンマンの話をしたいと思います。

作中でのキャラで「バックちゃん」という考えていることの反対のことを言ってしまう森の妖精がいます。

そのバックちゃんをアンパンマンはみんなに紹介するときに、「バックは反対のことを言ってしまうんだ」と優しくみんなに教えるシーンがあるのですが、そのシーンにアンパンマンの優しさが溢れていて個人的にすごく好きです。

バックちゃんのことを否定するわけでもなく、反対のことを言わないように強制するわけでもなく、ただバックちゃんの個性を紹介するだけのシーンです。

でも、「アニメのシーンだから」とスルーしてしまいがちですが、こうしたシーンの中に大人が忘れてしまっている大事な愛情がこもっているのがアンパンマンという作品の素晴らしいところです。

バックちゃんが現代社会に生きているのであれば、ほぼ間違いなく学校の先生や会社の上司に「反対のことを言わないように強制的に直させられる」のです。

没個性で、キャラとして成立しませんが、強制的に直されるバックちゃんは気の毒で仕方ありません。

誰のために強制的に自分の個性を直させられるのでしょうか。

学校では教育という名の元、上記のようなことが当たり前のように行われています。

僕はそれが悲しくて悲しくて仕方ありません。

せっかく持って生まれた個性を否定される必要はないと思っています。

 

これを読んでくださった親御さんの方は、ぜひ子供達に伝えてください。

他人を非難するのではなく、アンパンマンのように他人を尊重しましょう、と。

人によって考え方や感じ方、価値観は違います。

だからこそ、人それぞれの正しいや正義を尊重してあげてください。

まずは家族同士から。

お母さんお父さんにもおばあちゃんにもおじいちゃんにも、兄弟にもそれぞれの価値観と正しいがあります。

正解などないのです。

自分の価値観や正しいを他人に押し付ける必要などないのです。

当然、肌の色や見た目の特徴や精神的な面も全く関係なく、それぞれが個性を持った人間なのです。

むしろ、自分の個性を理解出来れば、自分が得意なことじゃないことをしてくれる他人に対して心から感謝できます。

他人に対して、「あ〜苦手なことをしてくれてありがとう!助かります!」と嬉しくなります。

結果的に自分を大事に、そして他人も大事にすることに繋がっていくのです。

この視点を大きくしたら、国同士の喧嘩や戦争なんてものは無くなります。

当然、ネットに他人の悪口や誹謗中傷を書き込む必要も本人に言う必要もなくなります。

「この人はこういう考え方をしているんですね。僕はこういう考えをしています」

それだけで済みます。

 

それぞれが機嫌良く過ごし、楽しく生活し、他人を尊重する社会とはとても平和な社会の始まりなのです。

自分の個性を大事にすることは心が弾む人生を生きることに繋がっていきます。

 

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

プロフィール

プロフィール「新しい子育て研究家兼ライフコンディショナー」

○名前:じょーもんパパ ○出身地:青森県 30代のアウトドア・釣り好き、サッカー日本代表好き。 「2歳の男の子・0歳の女の子」二児の父親。 妻と息子と娘と4人暮らし。自分も子供も大事にする子育て・生き方を模索中。興味のあることは何でもやってみるをモットーに生活中。「自分が生まれた意味」は好きなこと・得意なことにこっそり隠れていると信じている。自分を満たすからこそ、コップから溢れるように周りも大事に出来ると伝えている。

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