「子供への褒め方がわからない」
「子供へ自己肯定感を高めて欲しいけど何を伝えて良いかわからない」
「これまでの子供への対応方法(褒め方)が変化していると感じる」
「そもそも社会の根底から子供への向き合い方が変化している気がする」
上記、感じている人向けの記事です。
今回の結論
子供はプラモデルではない、躾や教育で子供を無理やり組み立てようとしない
子供は条件付きで褒めない、あくまで子供の個性を褒める
自信がなくなるような他人との比較はしない
自分で自分を褒めることを当たり前に考える
親が自分のことを褒められるようになることが最も重要なこと
はじめに伝えたい大事な話
これからお伝えする内容は現代人にはかなり難易度の高い内容になるかもしれません。
社会の仕組み上、他人との比較により自身の自己肯定感を上げにくいからです。
社会では他人との比較の元、仕組みが作られ、さらに格差が作られるように設計されています。
そのため、端的に言えばお金を稼ぐ能力が高い個性の子は優越感を得やすい一方、お金を稼ぐことや他人と競争することに興味のない個性が苦しくなりやすいという構造になっています。
僕はこうした社会は「愛がない社会」と呼んでいます。
理由は、個性を失くし、個人の能力には様々な色や広がり、そしてたくさんの個性と価値観があることを認めにくい社会だからです。
他人の個性を尊重できる関係性ことが僕は真の愛情であると考えています。
人を大事に出来ない社会において、どうして動物や植物などを大事にできるのでしょうか。
人の個性ですら尊重できないのに、自然環境だ、地球保護だ、なんていう領域ではないからです。
まずは、他人の個性を尊重することが僕はとても重要なこれからの時代の価値観になると信じています。
それでも、人が幸せに生きるにはとても重要な情報ですので、ぜひ、最後までご覧頂けますと全て繋がってくるように設計して書きました。
また、褒め方の話の前にこの国の教育とは何かを理解するための記事です。
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学校教育は、優秀な労働者を作るための教育であり、現状、他人の個性を尊重するという教育ではありません。
まず、根本的な部分から理解していかないといけませんので、お時間があれば是非上記の記事読んでいただければ幸いです。
躾や教育という強要は子供にとって大変失礼なことである
この社会の昨今の風潮として「親が子供を育てる」という考え方がとても根強く、子供が倫理的もしくは常識的に悪いことをした原因は親や家族にあるという考え方をします。
この考え方は冷静にとらえるならとても失礼で傲慢な考え方です。
なぜなら、それは親や家族の関係性や躾・教育の質などで子供の性格を作っているという考え方だからです。
子供はプラモデルのように組み立ていくものでしょうか。
親と子供の考え方や生活習慣が似ていくということはあるでしょう。
しかし、性格を組み立ていこうとする考え自体がナンセンスではないでしょうか。
全世界の親がまず、この事実に向き合う必要があると僕は考えます。
言葉が喋れない時期から赤ちゃんの頃からしっかりと個性があります。
親の育て方・躾どうこうで、子供の性格を決めていくことはできません。
親の躾・育て方が何か犯罪を犯した子供達の理由付けに挙げられているだけです。
親は「子供を丸ごと愛していればそれで良いのではないでしょうか」
比較と条件付きでの褒め方はナンセンス
現代人の辛いところは、他人と比較することに慣れすぎてしまっていることです。
他人と比較することで自分が劣っているところにフォーカスしてしまい、自尊心を自ら下げているのです。
これは学校教育をはじめとする社会的な風潮が主な原因ですが、個人単位で考え方を変えるだけで簡単に改善できることでもあります。
そもそもなぜ、他人と比較してしまうのでしょうか。
その主な原因は、自分の心に正直でなく、自分にフォーカスしていないからです。
自分がやりたいこと、自分が好きなこと、自分が興味のあることにフォーカスすれば、自ずと自分のことだけに集中できることになります。
自分だけに集中できれば、自分の世界しかなくなりますから人に対して興味がなくなります。
当たり前ですが、人に興味がなくなれば他人と比較して自尊心を下げるなんてことはなくなるのです。
比較することがなくなれば、精神的にも楽になるのは想像に難しくないですね。
他人と比較して、苦しくなるのは当たり前のことです。
他人の軸で生きるから苦しいのです。
自分軸で考えるようになれば、生き方が楽になります。
新しい時代の子育てでは、子供の自尊心を本来の姿に戻してあげる必要があります。
誰でも尊い1人の人間なのです。
そのことを理解し、思い出してあげるには、子供が興味のあること、好きなことをしている時に邪魔をしないことです。
夢中になっていたり、真剣になっていることに口出しをせずに見守ってあげることです。
勉強中の時、ゲームをしている時、友達と話している時、何か作っている時、子供が自分のことに集中できるようになれば、子供は自然と他人との比較せずに楽な考えで人生を生きていくことができます。
本来であれば、それを大人たちが当たり前のようにやってこなくてはならないのですが、刷り込みの強い現代では大変難しいことになっています。
そのため、少し意識を変えるだけでも初めてみてはいかがでしょうか。
そして、もう一つ大きなテーマとして「条件付きでの褒め方」というものがあります。
このブログでは散々お伝えの通り、子供のみならず人にも必ず尊い個性があります。
その個性を認めてあげ、尊重するだけで子供は伸び伸び楽しく生活していきます。
しかし、現代人はまるで逆の動きをしてしまいます。
子供には「テストで何点とったから偉い」「〇〇が出来たから偉い」「○○を我慢できてすごい」という何らかの条件が達成できないと褒めない傾向にあります。
そうした褒め方をしてしまうと子供は、基本的に親が大好きな子供は親が喜んでくれるからと言って自分を捨ててでも条件を求めて頑張るようになってしまう子もいます。
その結果、最終的には子供の個性を発揮できず中身の全くない大人が完成するのです。
東大卒でも、会社で全く活躍できない人材などと言われるのが際たる例です。
親を喜ばせるために生きてきたので、自分のことを大事にしてこなかったために、自分の個性を忘れてしまっているのです。
また、親が条件付きで褒めるということは条件が達成できればダメという意味も含まれます。
そう考えると子供に対してとても失礼なことを言っているということがわかると思います。
他人の言うことに素直に従う子供が良い子なのではありません。
多くの親がそのことを深く理解しておく必要があります。
条件付きで褒めるのではなく、普段から子供の存在自体に感謝の気持ちを伝え、子供の意思や行動を尊重してあげれば、大きな問題は起きません。
自分自身を愛するという当たり前のことができる子供は、他人をも愛せるようになり、尊敬と尊重の気持ちも自然と芽生えます。
自己犠牲をして他人のために生きるという教えは、反対な現象を起こしてしまうのです。
愛があるとは、まず自分自身を愛せないとはじまらないのです。
そのための大きなサポート役こそ、親ができることです。
今だから出来ることなのです。
それを忘れないでください。
そして、最後にこのブログのテーマでもありますが、自分自身が人生を楽しみ、親自身が自分を大事にする姿勢こそが一番の教育になります。
それを見て子供は生きていくのです。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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